ワタル世界は夢ばかり

教師を夢見る大学生ワタルの自由気ままな旅ブログですー!
現在地:日本に帰国しました!
2015年4月23日出発
日本→韓国→タイ→フィリピン→オーストラリア→シンガポール→マレーシア→タイ→ブータン→エジプト→エチオピア→ケニア→ウガンダ→ルワンダ→ウガンダ→ケニア→スペイン→フランス→イギリス→アイスランド→ノルウェー→スウェーデン→フィンランド→ロシア→フィンランド→エストニア→ラトビア→リトアニア→ポーランド→オーストリア→イタリア→ドイツ→タンザニア→ザンビア→ナミビア→南アフリカ→アメリカ→メキシコ→キューバ→メキシコ→ベリーズ→グアテマラ→ペルー→エクアドル→ペルー→ボリビア→チリ→アルゼンチン→チリ→ペルー→グアテマラ→アメリカ→日本
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ブータンで考える「幸せ」とは何か

さてブータンでは何がどう、「幸せ」なのか。

ブータンといえば、「幸せの国」というイメージを持つ人も多いだろう。

ただ、なんで?と聞かれても・・・という人も多いと思う。

ブータンは国民総幸福量(Gross National Happiness) という指標において非常に優れている国なのである。

というより、GDPを発展の基準としてとらえる先進国に対するアンチテーゼとして提唱したのが紛れもなくブータンなのだ。



その「国民総幸福量」とは・・・

例えば人それぞれ幸せだと感じる物事は違うと思う。

自分でいえば「旅をすること」「食事をとること」「野球を見ること」などなど・・・

みながそれぞれ持っている、幸福感。それを数値として示すのは明らかに難しい。

ただ、生活環境や社会環境などはどうだろう。

こちらはみなが幸福だと感じることができる、数値化することができるものであると思う。

ブータンでは、①健全な経済成長と開発 ②環境保全と持続的な利用 ③文化の保護と振興 ④良い統治 の4つの柱がその基本指針になると考えられている(ガイドブック参照)。



そんな意味で「幸せの国」ブータン。

先に結論から書いてしまうと、ブータンが幸せの国かといったら ”自分にとっては” Noだった。

自分にとって幸せな国は・・・

それはブログの最後に書くことにして・・・




ガイド役のKさんは国民総幸福量について、2日目の移動中に詳しく解説してくれた。

「例えば・・・」とKさんはいう。

「この美しい木々を切って、開発を進めるとしよう。それによって、お金を手にいれることができる人がいる。でも、それで本当に『幸せ』になれるか。わたしは、この先この自然を守って、子どもたちがそれを見て『幸せ』だと感じるほうがよいと思う。」


この話を聞いた時に、なるほどなと思ったと同時に、「幸せ」という言葉がいかに曖昧で幅広いかに気づいた。

多分、この人のいっている「幸せ」と自分の「幸せ」とは少しだけ違う。

自分にとって幸せとは「何かをすること」であると思う。

前述したように、「旅をすること」「食事をすること」「野球を見ること」。

それをしているときに「ああ、幸せだな」と思う。

さらに、常に実感がなくともそれができる環境が整っているときに「幸せ」という状態が続いていると思う。

旅をしている自分は「あー幸せ!」と四六時中思っているわけではない。

でも、いまこの時間は間違いなく「幸せ」なのだ。



でもKさんは、「幸せ」だと思う、心が豊かになるときの話をしているんだと思った。

現に、Kさんに「あなたは幸せですか?」と率直な疑問をぶつけたところ、

「Sometimes.(時々ね)」という答えが返ってきた。

「家族といるときは幸せだなと感じるけど、仕事で疲れているときはそうじゃない。」という。

おもしろい返しだなと思った。

日本人に聞けばたいてい「まぁ幸せかなー!」といろんなことを含めていまの自分がどうか考えるだろう。

そこには、お金を稼いでやりたいことをするという社会の仕組みも垣間見える。

アルバイトなんて、やらなくていいなら自分だってやりたくない。

でもそれをやることで、おいしいご飯が食べられるし、世界一周にだって出かけられる。

だから、もし連勤でへばっているときに「あなたは幸せですか?」と聞かれても、自分は「幸せです!」と答えていたと思う。



その感覚がブータンにはあまりないのかもしれない。

ホームステイさせてもらった農家は、常に笑顔で溢れていた。

いかにも「幸せ」という感じの家庭だった。

もちろん生きていくためには仕事をしなければならないのはブータンも同じなので、農家の仕事は朝から始まって、若者はきっちり働いているのだが、それは最低限でいい。

家族で暮らすという「幸せ」を第一に考えているように見えた。

そうした感覚が「幸せの国」を作り上げているのかと思った。




その一方で・・・

そうしたブータンも非常に深刻な問題を抱えている。

ブータンでは、学校教育は基本的に無償なので多くの若ものが専門的知識や、レベルの高い教養を身につけることができる。

ただ、そうした若者を受け入れる体制があまり整っていない、就職難だ。

実際に、タクツァン寺院に一緒に登ったKさんの妻の弟も自分たちの1つ上の学年ながら、就職先を探しているようだった。

Kさんはいう。

「これは世界中どこでも同じ問題を抱えているんだ。エンジニアやそういった職業ばかりがすばらしいと考えられて、農家になりたがる若者が少ない。」

確かに、まぁブータンだけの問題じゃないよなと思いつつも、なにか腑に落ちない感じがした。

またKさんはいう。

「お金を稼ぐことばっかりではいけない、お金は人々を狂わせるんだ。」

この二つの話をしたときに、「幸せの国」ブータンは崩れかけているのかなと思った。

まずKさん自身が、お金をかせぐことに必死だったからだ。

僕たちを「招待」して、「感謝の気持ち」を受け取る、こんな面倒なことを引き受けてくれる理由、それは他でもなく「お金」だ。(この仕組みについては「「幸せの国」ブータン①」で)

また、Kさんは2人の子どもがいるが下の子どもは妻の家族の方で育てられている。

理由は、両親とも仕事で忙しいからだ。

自分が農家でのステイや話を聞いて感じたブータン的「幸せ」は、この家族にはなかったように感じた。

むしろ、日本の家庭に近いのかなとさえ思う。

だからKさんの話す話は、矛盾もあるなとも思った。

エンジニアのような職業ばかり囃し立てられる、農家もすばらしい!とKさんは話すが、いま6歳の子どもには必死で英語を教えているし、プライベートスクールに通わせている。

その子どもが「やっぱ英語とかどうでもいいから、俺は農家になる!」と言ったらKさんは間違いなく「いや、エンジニアになったほうがいい。」というだろう。(あくまでもこれは想像だが)

また携帯やインターネットが普及してきて、先進国ような幸せを求めようとする動きは少なからずあると思う。



お金を稼げば、知らなかった世界が目の前に・・・

自分はお金を稼ぐということはめちゃめちゃ効率のいいことだと思う。

必要な人がお金を払って、それをまた必要なところに払いにいって。

自分だけの力では決して見ることのできなかったアフリカ大陸を前にして、お金のすごさを改めて感じる。

コンビニで荷物を積み上げたり並べたり退屈そうにレジ打ったり、居酒屋でマスターにぐちぐち言われて腹立てながらビールをがぶ飲みするおじさんたちの接客してるだけで、アフリカ大陸にこれるんだ。

そんな通貨の大きさに気づくブータン人も多いはず。

もともとレストランもほとんどなかったというが、実際にいってみると結構な数のレストランがあった。

スマートフォンを片手に延々とおしゃべりを続ける人もみかける。

それは都市だからかもしれないが。

明らかにそこでは「幸せ」の形は変わっていっていた。

これが自分が見ることのできた「幸せの国」ブータン。

これからどうなっていくのか。




投げかけた世界へのアンチテーゼ。

GNHを基に、「幸せの国ブータン」と数十年後も呼ばれていたらいいなと思った。

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・・・あ、自分にとっての幸せの国はって?

それはやっぱり日本だ。

旅して思うのは、「中東は危険だ」「アフリカは治安が悪い」「南米はやばい」「ヨーロッパも油断できない」って、どこが安全なんだっていうこと。

日本は逆に安全すぎるくらい平和なところだと思う。

物騒なこともたまに起こるけど、それでも安全だと思う。

ご飯もおいしい。(寿司、ラーメン、うどん、ほんと食べたい・・・)

こうやって旅に出られるだけの力もある。

いくら頑張って働いても、世界一周なんてできない国がほとんどだから。



そんな素敵な国のことをこの先も、

ずっとそう思っていられたら嬉しいな。(ある種のメッセージもこめて・・・)



いろいろ思うことを並べてまとまりはなくなって読みづらくなってしまったけれど

自分にとっての「幸せ」についても考えられた素敵な時間でした。


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真面目なことばっかりかいてるけど、
次はいよいよ

アフリカ大陸!

乞うご期待!!

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「幸せの国」ブータン③


さぁ最終日。

最後はタクツァン寺院に行きます。

といってもバンコクでだらだら生活をしていた僕らの疲労はピークに。

だらだらさせてよ〜んとなまける体に鞭を打ち!

出発予定時刻の8時を1時間オーバーした9時に出発!

タクツァン寺院は空港のあるパロの山の奥にあります。

車で麓まで1時間、山道を歩いて2時間でたどり着くそう。

ハイキングだ!なんていってたけど、標高は麓の時点で2600m。

800m登って3400mの位置にあるっぽい。

立派なトレッキングですよ、これは・・・

さぁKさんとKさんの妻の兄弟と登ります。
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いい景色。
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そして

暑い。

そう、この写真がお気に入り。
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木々を守る、こうした旗はいたるところにあります。

なんかチベットのイメージ。

お、タクツァン寺院が見えるではないか。
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遠いな・・・

そうそう、これは顔に見えるらしい。

どう?見える?
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きをとりなおして・・・

のぼる・・・

のぼる・・・

またのぼる・・・・・・

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2時間を過ぎてもまだのぼる・・・

のぼる・・・

そして

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見えた!!!

これだよ、これ。ブータンの。

なんか有名なやつ!!

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勢いよく滝が流れている。

よくこんなところに・・・

聞く話によると、最近再建されたらしいが、こんなところまで材料を運んだりするのがまたすごい。

しかもめっちゃたくさん、仏像あったよ・・・

絶対重いよ。

・・・なんてことばっか考えてしまった。笑

内部は複数の建物でできていた。

写真撮影は全面禁止でした。

その後は記念撮影!
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そうそう、この日はブータンの民族衣装のゴをきさせてもらいました。

タクシードライバーを含め、日本でいうスーツはブータンではこれ。

民族間の文化の問題で、日本にとっては少しわかりにくいところですが、こうやって文化を存続させるために必死だそうです。

途中で昼食(午後3時半)を取りながら、下山はスムーズに。

とっても疲れましたが、いったかいがありました。
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「幸せの国」ブータン②

「明日は・・・」とかいいつつだいぶあきました。笑

これには深いわけがあってですね・・・

またお話しします!笑




2日目はプナカという田舎に行きます。

山道で70kmほどらしい。

ただこの山道、数日間の豪雨のせいでかなり荒れていて、20キロほどでしか進めません。

まぁ気長に行こう。

山頂には煩悩の数ある建造物が。
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チベットとの争いに勝利したときのそれみたいです。

…毎度解説が適当ですみません。笑

「ここから山々がすべて見渡せる!」
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といっていましたが、この日は雲と霧で真っ白でした。

山道の途中のレストランで昼食。
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お昼ご飯もやっぱり大量。

おまけにデザート・・・

といってきゅうりを・・・・・
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いやーね、この満腹にきゅうりはきつい!!

デザートじゃないから!!

ただそこからは天気もよくなり、景色もだんだんよくなってきた。
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そして、プナカ到着!
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田舎だ・・・・・

ここでもちょっとした寺院や橋など見学。
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そして、農家の家にホームステイです!!
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家の人たちはとっても親切。

英語はほとんど話せませんでしたが、暖かく迎え入れてもらいました。

ただ、「19人の外国人がここに今までにとまっている」といっていたので、もしかしたら「ひとつのビジネス」になっているのかも……?とも感じました。

現に農家へのホームステイはかなり人気のようで、ガイド次第で取り入れてくれることもよくあるようです。

疲れた私たちは8%のビールを飲んで気持ち良く就寝しました。



3日目

いやー!書きたいこと溜まってるんで3日目のこともかきますよー!

前日、あまり優れなかった天気は・・・

見事に晴天に!!!
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空気が美味しい。

あぁ、このままここにいてもいいなと思ったり・・・

いやいや1日どれだけのお金がかかっていると思ってるんだ、俺は。

ホームステイ先を後にして、再びティンプーに向かいます。

この日も半日以上移動。

同じ景色なので少しもったいない気もしましたが・・・
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お昼を過ぎて到着。

ここではKさんとその妻と子ども(6歳?)と食事です。
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「家族のランチ」+僕たち

というなんだか不思議な構図。笑

その後動物園へ。
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といっても

なんか柵つけちゃいましたーてへ!レベルです。笑

しかも鹿と珍獣と呼ばれるターキンしかいませんでしたー笑
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まぁいいか。笑

素敵な景色を眺めて、
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この日はKさん家へ。

Wifiないのは不便やけど、まぁオッケーオッケー。

Kさん的にも余計なお金は使わなくて済むし、自分たちも民家に普通に泊まれてWin-Winだ。

ということで3日目終了。

次は早くも最終日。いやー振り返ると短い!!

乞うご期待!

2

「幸せの国」ブータン①


前回の更新からだいぶ空いてしまいましたが、現在わたくしはエジプトにおります。

少々過激な事件が続いていますが、現地はいたって平和です。

また、情報もたくさん集めて行動しているのでご安心ください。

今日はブータンでの話です。

今回ブータンへはセブ留学で仲良くなった、このブログの読者はご存知のなかじーと行きました。
というか、連れてってもらいました。

ブータンは公的料金なるものがあり、ハイシーズンでは1日あたり実に280ドルもの大金を政府に払わなくてはなりません。(※宿・食事・移動費・ツアー代込み)

しかも飛行機もほぼ独占で、往復だけで7、8万するところです。

そして日程は政府に提出し、必ず1人ツアーガイドをつけなければいけないのです。

そんなお金はあるわけがないし、まぁ無理だなと思っていたのですが、今回は「招待ビザ」なる制度を用いてブータンに足を運ぶことができました。

その「招待ビザ」とは例えばブータン人で日本に来たことがある人は、1年に2人まで日本人を「公的料金なし」に招待できるというものです。

これは大きい。

ただブータン人の友達がいるわけでもない。

ということで、なかじーの知人を頼って、ブータン人のツアーガイドの人と「友達」になって「招待」してもらうことにしました。

招待ビザでお金をとるのはもちろん違法です。公的料金の意味がなくなりますから。

が、私たちは今回の5日間の旅行の宿や食事、移動費などすべて面倒をみてもらうので、一定額の「感謝の気持ち」をあげる形で話がまとまりました。(金額については伏せます。ただ相当な金額です。)



このままではブータンに入るための苦労話で終わりそうです。笑

いやでも、大変でした。

書類がどうとか、パスポートのコピーがどうとか。

僕らは旅してるわけですから、プリンターがすぐそこにあるわけではありません。

でもこんなときMacBookが活躍してくれました。

PDFに書き込んだり、手書きの署名までいれられるんですよ、時代は進んでますね。


そして、6月27日、

ブータンへ入りました!!
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飛行場もこじんまりとしていますが、日本に来たワンチュク国王とその妻の大きな写真を見ると、おお!本当に来たか!と喜びを抑えられませんでした。(ミーハー)


飛行場に、今回招待してくれた方(以下Kさん)と、その兄弟が迎えに来てくれました。

その後はドライブ。

空港はブータンにはパロというところにしかありません。

そしてそこから約1時間いったところに都市ティンプーがあります。

景色がすごい。
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いかにも、「ザ・自然」という感じです。

雨季ということで雨が突然ザーザーになったりしましたが、まぁ初日なんで。

こういうのもひとつひとつ、「あーブータンっぽいなぁ。」とか、ブータンのこともあんまり知らずにきてるのにいっていました。笑
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この日は夕食をKさんとその妻と、その後はホテルでゆっくりしました。

疲れ切ってバタンキューでした。

というか、ブータンの食事の多いこと、多いこと。

あまりキャパシティーのない僕は、もうこれでもかと盛られるご飯に必死で食らいつきます。

しかもほとんど減っていないのに「Some more rice?」とあおってきます。(笑)

おそらくブータンではそれが礼儀なのでしょう。

日本人だとかなり様子をみて「よろしければ、ここにたくさん余ってるんで、食べてくださいね…?」みたいになるかと思います。

ビールも並々につぐのが礼儀のようです。(いやー自分にはきつい!笑)

でも「幸せ」といえば「幸せ」か…。笑

しかもブータンの食事はほんんんんとに辛い。

汗だーだーでした。

明日はその後の観光について書きたいと思います!

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マザーベイビースクール

インドを日付は17日の今日深夜に飛び立ちバンコクに戻ってきた。
インドについてたくさん話したいことはたーくさんあるけれど、まずはバラナシでお世話になった学校についての話からしたいと思う。

13日、マザーベイビースクールという日本のNPO法人が2008年に開校したという学校にお邪魔させてもらった。


その概要から説明したい。


インドには今でも根強くカーストが残っている。カーストとは昔からインドで続く身分制である。


公にはカーストは廃止されたとされているが(実際そうやって世界史で習った)、インド人と出会ったときカーストネームを自己紹介に入れてくるくらいだから全くなくなってはいない現状が分かる。


第一、身分が低いとされていた人が急に高い人と結婚など、身分制のもとに暮らしていた人たちの思考回路からは到底考えられないと思う。


だからカーストはこれからも続いていってしまうと自分は思っている。残酷なことに。


また、バラナシは聖なる地とされていて、ガンジス川・ガンガーに身を沈めると全ての罪は許されるとヒンドゥー教の中で考えられている。


死体もここで焼き払い、灰もここに流してしまう。それだけでなく、洗濯、風呂など生活の全ての源はここガンガーにある。


聖地だけあって、この街はかなり活気がある。


ただこの河を挟んでの対岸は全く人がいない。


それはその土地が不浄の地とされているからだ。そこに住んでいる人はカーストの下層の人々。あるインド人は「向こうのやつらはダメだ。」なんて話さえ軽々とする。


そこには学校に通えなかったりする子どもたちもいる。授業料が無料の公立学校ですらだ。制服、勉強道具、そういうものを買う余裕がない。


その現状をどうにかしたいと考えていたインド人のマザーベイビーと日本人が手を組み、たくさんの支援とボランティアのおかげで5年前に開校したらしい。


この学校のことをFacebookのやりとりの中で教えてもらった自分はボランティアというか、見学にお邪魔させてもらうことにした。


感じたことを羅列していっても、ほんとにきりがなくなってしまうので3つの話に分けたいと思う。


①授業に向かう姿勢

子どもたちの授業への姿勢は本当に前向き。50分間の授業で、日本ではよくある無駄な質問を先生にしてみたりだとか、席をたってみたりする子どもはまずいない。

そもそも教室と先生の数も限られていて、同じ教室でも違うことをやっていたりする。

それでも1人ひとりが意識を高くもって、目の前の教材にむかっている姿をみて感心した。

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勉強できる喜びをひしひしを感じている…とまでさすがにいえないかもしれないが、こうして机に向かえることは決して当たり前ではないと彼らは思ってるに違いない。

また、今回たまたま作家の方が同じように取材という形で学校に来ていて、取材を兼ねた家庭訪問に同行することができた。

そこではたくさん質問していたけど、どの子どもも「お父さんお母さんのことをどう思いますか?」という質問には決まって「学校に行かせてくれて…」という言葉が出てきた。

また両親への「子どもにどうなってほしいか?」という質問でも「たくさんもっともっと勉強して、いい仕事についてほしい。」とほとんどの両親が言っていた。

子どもからすれば、ある程度年齢を重ねれば、家の手伝いや仕事の手伝いをしたほうが家族は助かるだろうという考えがあるのだろう。

実際に、そういう理由から毎日学校に来れない子もいるみたいだけれど、それでも学ばせてくれることへの喜びはこういうところから出てきているんだなと感じた。

②勉強道具を大切にする
彼らは勉強道具すら買う余裕がない。そのため学校から支給を受けている。そしてその支給を受けたえんぴつや消しゴムは、よくそこまで使うなー!というくらいまで使い込む。

話を聞くとスタッフの人も、まだ使える!とギリギリまで新しいものに交換はしないようだが、自分の目で見た限りだと交換してもらえないから最後の最後まで使うというよりは、まだ使えると自分自身で思って使っているんだろうなと感じた。
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これは休み時間に撮らせてもらった写真。えんぴつはここまで短くつかえる。
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日本の子どもはどうだろう、と思い返せば、溢れかえるようなペンケースから様々な筆記用具が出てくる。そのことに、幸せは感じたことがあるだろうか。

自分はどうしてもこの現状は伝えたい。

③お昼ごはん

お昼ごはんにもちろん給食などはない。各自家から持参になっている。

自分は兄弟3人で通っている子どものお昼ごはんをみせてもらった。
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これがそのごはんだがインド風の薄いパンのチャパティとカレー、どうみても3人分あるとは思えなかった。自分なら半分も満たされないだろうなと。

その他にもビスケットだけの子どもや言い方は悪いかもしれないけれど量に乏しい食事をとっている子がいた。

聞く話によると、ごはんを食べずに帰ってから食べるという子もいるようだ。

そこでまた日本の学校を思い出してみる。

4時間目には決まった時間に給食をのせたワゴンが教室の横に到着する。授業中にいい匂いがただよってくる。

それから当たり前のように配膳をしてみんなで食べる。

そして当たり前のように時間になれば残す。

つまり、”捨てる”ということだ。

正直ここは今自分が1番軸にしたいところかもしれない。喋っていて食べられませんでした、量が多くて食べられませんでした、そういう理由を簡単に言えてしまうことに愕然とする。

子どもによっては、まずいから食べないという子どもも見てきた。フィールド生として何もできず腹立たしい気持ちにさえなった。

確かに食べさせると「うちの子に!」という親が出てくるのも現状だと理解している。

だからこそ、自分は今回の学校で見たことや、物乞いの人たちのこと、飴ひとつで飛び跳ねて喜んでくれる東南アジアの子どもたちのことを伝え、じゃあいまある給食をどうするかというところを子ども自身に考えてもらいたいと思う。



話が飛躍してしまったところもあるけれど、今回は日本にいてまず知り得ないたくさんのことを目の当たりにできるとてもいい経験だった。



マザーベイビースクール。以前は2階をゲストハウスにして、その収入も運営費に当てていたようだが、学校施設の拡張に伴って今ではゲストハウスはしまっているよう。

新たな土地にゲストハウスを建てる予定もあったり、教室をまた改築しなければならなかったり、とにかくまだまだ支援は必要なようです。

学生の身分では中々支援は厳しいかもしれないけれど、就職してから支援していきたいという人もぜひこのサイトを見てほしいなと思いました。
https://otr.or.jp/project/india.php

長々としたまとまりのない文章、読んでくれてありがとう。詳しく話が聞きたい人や写真がもっとみたいという人は言ってください!

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