ワタル世界は夢ばかり

教師を夢見る大学生ワタルの自由気ままな旅ブログですー!
現在地:日本に帰国しました!
2015年4月23日出発
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マザーベイビースクール

インドを日付は17日の今日深夜に飛び立ちバンコクに戻ってきた。
インドについてたくさん話したいことはたーくさんあるけれど、まずはバラナシでお世話になった学校についての話からしたいと思う。

13日、マザーベイビースクールという日本のNPO法人が2008年に開校したという学校にお邪魔させてもらった。


その概要から説明したい。


インドには今でも根強くカーストが残っている。カーストとは昔からインドで続く身分制である。


公にはカーストは廃止されたとされているが(実際そうやって世界史で習った)、インド人と出会ったときカーストネームを自己紹介に入れてくるくらいだから全くなくなってはいない現状が分かる。


第一、身分が低いとされていた人が急に高い人と結婚など、身分制のもとに暮らしていた人たちの思考回路からは到底考えられないと思う。


だからカーストはこれからも続いていってしまうと自分は思っている。残酷なことに。


また、バラナシは聖なる地とされていて、ガンジス川・ガンガーに身を沈めると全ての罪は許されるとヒンドゥー教の中で考えられている。


死体もここで焼き払い、灰もここに流してしまう。それだけでなく、洗濯、風呂など生活の全ての源はここガンガーにある。


聖地だけあって、この街はかなり活気がある。


ただこの河を挟んでの対岸は全く人がいない。


それはその土地が不浄の地とされているからだ。そこに住んでいる人はカーストの下層の人々。あるインド人は「向こうのやつらはダメだ。」なんて話さえ軽々とする。


そこには学校に通えなかったりする子どもたちもいる。授業料が無料の公立学校ですらだ。制服、勉強道具、そういうものを買う余裕がない。


その現状をどうにかしたいと考えていたインド人のマザーベイビーと日本人が手を組み、たくさんの支援とボランティアのおかげで5年前に開校したらしい。


この学校のことをFacebookのやりとりの中で教えてもらった自分はボランティアというか、見学にお邪魔させてもらうことにした。


感じたことを羅列していっても、ほんとにきりがなくなってしまうので3つの話に分けたいと思う。


①授業に向かう姿勢

子どもたちの授業への姿勢は本当に前向き。50分間の授業で、日本ではよくある無駄な質問を先生にしてみたりだとか、席をたってみたりする子どもはまずいない。

そもそも教室と先生の数も限られていて、同じ教室でも違うことをやっていたりする。

それでも1人ひとりが意識を高くもって、目の前の教材にむかっている姿をみて感心した。

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勉強できる喜びをひしひしを感じている…とまでさすがにいえないかもしれないが、こうして机に向かえることは決して当たり前ではないと彼らは思ってるに違いない。

また、今回たまたま作家の方が同じように取材という形で学校に来ていて、取材を兼ねた家庭訪問に同行することができた。

そこではたくさん質問していたけど、どの子どもも「お父さんお母さんのことをどう思いますか?」という質問には決まって「学校に行かせてくれて…」という言葉が出てきた。

また両親への「子どもにどうなってほしいか?」という質問でも「たくさんもっともっと勉強して、いい仕事についてほしい。」とほとんどの両親が言っていた。

子どもからすれば、ある程度年齢を重ねれば、家の手伝いや仕事の手伝いをしたほうが家族は助かるだろうという考えがあるのだろう。

実際に、そういう理由から毎日学校に来れない子もいるみたいだけれど、それでも学ばせてくれることへの喜びはこういうところから出てきているんだなと感じた。

②勉強道具を大切にする
彼らは勉強道具すら買う余裕がない。そのため学校から支給を受けている。そしてその支給を受けたえんぴつや消しゴムは、よくそこまで使うなー!というくらいまで使い込む。

話を聞くとスタッフの人も、まだ使える!とギリギリまで新しいものに交換はしないようだが、自分の目で見た限りだと交換してもらえないから最後の最後まで使うというよりは、まだ使えると自分自身で思って使っているんだろうなと感じた。
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これは休み時間に撮らせてもらった写真。えんぴつはここまで短くつかえる。
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日本の子どもはどうだろう、と思い返せば、溢れかえるようなペンケースから様々な筆記用具が出てくる。そのことに、幸せは感じたことがあるだろうか。

自分はどうしてもこの現状は伝えたい。

③お昼ごはん

お昼ごはんにもちろん給食などはない。各自家から持参になっている。

自分は兄弟3人で通っている子どものお昼ごはんをみせてもらった。
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これがそのごはんだがインド風の薄いパンのチャパティとカレー、どうみても3人分あるとは思えなかった。自分なら半分も満たされないだろうなと。

その他にもビスケットだけの子どもや言い方は悪いかもしれないけれど量に乏しい食事をとっている子がいた。

聞く話によると、ごはんを食べずに帰ってから食べるという子もいるようだ。

そこでまた日本の学校を思い出してみる。

4時間目には決まった時間に給食をのせたワゴンが教室の横に到着する。授業中にいい匂いがただよってくる。

それから当たり前のように配膳をしてみんなで食べる。

そして当たり前のように時間になれば残す。

つまり、”捨てる”ということだ。

正直ここは今自分が1番軸にしたいところかもしれない。喋っていて食べられませんでした、量が多くて食べられませんでした、そういう理由を簡単に言えてしまうことに愕然とする。

子どもによっては、まずいから食べないという子どもも見てきた。フィールド生として何もできず腹立たしい気持ちにさえなった。

確かに食べさせると「うちの子に!」という親が出てくるのも現状だと理解している。

だからこそ、自分は今回の学校で見たことや、物乞いの人たちのこと、飴ひとつで飛び跳ねて喜んでくれる東南アジアの子どもたちのことを伝え、じゃあいまある給食をどうするかというところを子ども自身に考えてもらいたいと思う。



話が飛躍してしまったところもあるけれど、今回は日本にいてまず知り得ないたくさんのことを目の当たりにできるとてもいい経験だった。



マザーベイビースクール。以前は2階をゲストハウスにして、その収入も運営費に当てていたようだが、学校施設の拡張に伴って今ではゲストハウスはしまっているよう。

新たな土地にゲストハウスを建てる予定もあったり、教室をまた改築しなければならなかったり、とにかくまだまだ支援は必要なようです。

学生の身分では中々支援は厳しいかもしれないけれど、就職してから支援していきたいという人もぜひこのサイトを見てほしいなと思いました。
https://otr.or.jp/project/india.php

長々としたまとまりのない文章、読んでくれてありがとう。詳しく話が聞きたい人や写真がもっとみたいという人は言ってください!

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インドを歩く(続編3)

昨日最後に紹介したカジュラホ。



この街、いや村で有名なものは”エロ世界遺産”。



エロティックな彫刻がびっしりとつまった外面のお寺がいくつもある。

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神と俗なる人間の同一性?神聖なる行い?…よくわかりませんが、見物していると笑いたくなるような彫刻がちらほら。それなりにおもしろかった。




ただなぜ、自分がカジュラホが気に入らなかったのか。




それは村の人々がツーリストをおもちゃのように扱うこと。




インド人もいい人がいると思って楽しく過ごしてきた自分にとって、これは少し残念な気持ちになった。




特に12~18歳くらいの子どもたち。彼らは完全に遊び道具にしてくる。




自分はゲイだとかいって、しきりに体を触ってきたり、押し倒してみたり、しまいにはわざとぬかるんでいるところに足を踏み入れさせ俺のサンダルは泥にはまり、足は泥だらけに。




それでもって「マイフレンド!」とか言ってくるからもう頭にくるったらありゃしない。




その子どもたちと何年も前から仲がいいんだよとかいって自慢してきた日本人の女性もいましたが、彼らはただ遊び道具にしているだけ。なにも羨ましくはありません。




ただその中で思ったこともある。



ひとつの村に、世界遺産があるからといってツーリストが我が物のように踏み入れ、自分たちに必要な施設をそろえることははたして正しいのか。そこに住むひとたちが話かけてくることを面倒くさがり、拒む権利はあるのか、ということ。




この村の経済は全て観光でまかなっているとはいえ、少し申し訳ない気持ちにすらなった。




もうこの村はバランスを完全に崩してしまっていると感じた。




もうひとつ、お金について。




村の人々はしきりに家でチャーイを飲まないか?と誘ってくる。




その理由がわかった。




彼らは家を見せて、自分たちがどんな暮らしをしているのか知ってもらい、少しでも援助をしてもらおうとするのだ。




少しだけ…その額は300円、いや150円、80円でもいいと言った。




「俺は神様じゃない、たとえ1ルピーでも与えることはできないんだ。」




と自分は断った。ただチャーイを飲ませてもらったので15円だけ払おうとすると、彼は



「それはいらない。チャーイはサービスだ。じゃあまたね。」




といって家に帰っていった。




その後ずっと考えた。




これでよかったかなーと。




何が正しいのかは結局自分にはわからない。




けどひとつだけ思うことはある。




自分たちからすればたかがと思うような100円、それに頭を下げてお願いしてくる彼ら。




無駄使いはできないなと思った。




それと、自分がバイトで稼ぐお金で十分贅沢ができる日本はとっても幸せな国だなとも。




お金を使うところは自分の環境に感謝して使うべきだし、使わなくてもよいところはしっかり考えようと自分の中に決めた一面でした。

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インドを歩く(続編2)

ナマステー。



更新なかなかできなくてすみません。いや、結構移動もハードで、ゆっくりしている暇が中々ないです。インドのWi-Fiは不調が多いし。



いっそのこと俺もゴーストライターを雇いたいものです。





はい。今日の昼にインド最大の目的地、バラナシに到着しました。




ここでは沐浴(ガンジス川に浸かると全ての罪は許され身が清められるとさせることに所以する行い)がインド一盛んに行われているところです。




居心地のよさなのか、魅力がたっぷりなのか、むかしから日本人の沈没者も多いようです。



俺も旅も終わりに近づく中、なるべく時間にとらわれずにゆっくり過ごしたいと思います。5日間くらいになっちゃったけど。




さて、この前はラージャースターン最初の街、ジャイプルについて少し触れましたが、残りのジャイサルメール、ジョードプル、ウダイプルについて詳しく話していると日がくれてしまうので、写真とその解説でおおくりしますね。

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Facebookでもこの写真はのせましたが、この前の記事で紹介したジャイプル。ピンクというよりは赤レンガみたいな。

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次の訪れたジャイサルメールです。自分は漫画を読まない人間なので知らないけど、ワンピースのアラバスタだかなんだかの舞台らしいで。好きな人には嬉しいよね!

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んでここで見た夕日が最高だった!砂漠の街に沈んで行く太陽…いつか大切な人と見たい夕日ランキング堂々の1位獲得です。

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だってこんなん。唖然だった。すごい!

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そして続いての街ジョードプル。青って落ち着く!…ただここではお腹痛すぎて辛かった。もっとゆっくりしたかったな。

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ジョードプルはすげぇー人が寄ってきます。

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家まであげてくれます。お母さん、ナマステー!

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屋上で撮影大会!みんながみんなカメラを持っている日本と違ってカメラひとつでおおはしゃぎ。

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そしてウダイプルです。ここはインド人にもかなり人気のスポット。
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どーや!





てな感じでラージャスターンを終えアーグラに向かいます。ここはご存知タージマハルのあるところ。



街自体は薄汚い感じでしたが、門をくぐると別世界でした。

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これこそ写真では表現できない存在感がありました。

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バックパッカーの中でも賛否両論あるようですが、自分はとっても感動した!ザ・インドっていう自分のイメージだったしね。



その次の街カジュラホは自分はあまり好きにはなれませんでした。遺跡群はそれなりにおもしろく、エロティックな世界遺産として有名なのですが……



といったところでまた明日!
必ず明日更新しますね。

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インドを歩く(続編)

さぁさてこの前の続きを。

残りの力を振り絞って決めてあったホテルへ向かったところから。



決めてあったといっても予約などはしてません。だってそういうの嫌いやし。笑



ただそこのホテル…満室だった。ショック。



するとトゥクトゥクのやつらが話しかけてきた。



渉:いーよ…。話しかけてくるやつなんで、どーせいい人いないんだろ?



「キミの髪の色いいね!」



渉:とかいって、巧みに話術使ってツアーを組ませたりするんだろ。



「どこにいくんだい?」



渉:はい、予想通りですよ。俺は決めてないと言った。



すると



「ノープロブレム。もし君がトゥクトゥクを使うときは、俺に言ってくれ。」




……あれ?!



ここインドだよね?と一瞬思った。



次は3人ともニコニコしながらどこに泊まるんだ?という話をしてくる。



渉:分かった。分かったよ。そうやってまた優しくしといてボロくて高いホテルを紹介するんだろ。
今回は絶対に騙されないぞ、
と意気込む俺。



そこのトゥクトゥクのお兄さんが隣のホテルの人と何か話し始めた。



渉:やっぱり。



だがそのお兄さんは言った。
「300ルピー(500円)で部屋を用意できるよ。」



外観はかなりキレイなホテルだ。



その300ルピーの部屋はドミトリーだったが、とてもキレイだったためそこに宿泊することに決めた。



なんだ、インド人にもいい人がいるじゃないか。
ホテルの人もとってもニコニコしている。



ここからちょっとずつインド人への気持ちが変わってきた。



そしてルーフトップのレストランで朝食をとっていたとき、
「日本人ですか?」
と一人の男性が近づいてきた。



彼は中国人の康さん。横浜国立大卒らしい。日本語がペラペラだ。



その人は一緒のドミトリーに宿泊していた。



「この部屋なら250だよ。交渉してきたらいいよ。それと今日一緒に観光しよう。」



こうして1日が始まった。疲れは溜まっていたが、せっかく声をかけてくれたのだし一緒に動いてみようと思った。



もう一人の中国人の方と合流し、まずはラッシーを飲みにいく。
とっても有名な店らしい。
ラッシーとは飲むヨーグルトのようなもの。これはもう絶品だった!

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インドやるやん、こんなおいしいものがあるなんて!!
…こう思うくらいおいしいのがここのラッシーなのだ。



店の人はニコニコしている。



インドはYESというときは首を横に振る。その仕草を自分が真似てやると、笑顔で返してくれる。



しかも店の人だけでない、街ゆく人のほとんどみんなが笑顔で返してくれる。



なんだか混乱した。聞いていたのと全然違う。インド人がこんなにもフレンドリーなんて聞いてないぞ。



ラッシーを飲んでからは、もう2人の中国人と合流して観光してまわった。
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が、結局1番自分が心に残ったのはインド人のフレンドリーさだった。



次の日も康さんと観光してまわったが、どんな建物や城を見ても、人々の温厚さ以上にびっくりするものはなかった。



特に修学旅行生などに出会ったときは、自分がまるでスターなのかと思うほど写真を一緒に撮ってくれと頼まれた。



ある人が、「金髪がムービースターみたいだ!」と言ってくれたように、珍しいのかもしれない。



街を歩いていても、髪の毛のことをなにかと言われる「ベリーグッド!」って。



みなさんもインドに行く際はぜひ金髪に。



こうしてジャイプルの2日間を終え、夜行列車でジャイサルメールに康さんと向かった。
予定と全然違う(笑)



続きはまた今度。

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