ワタル世界は夢ばかり

教師を夢見る大学生ワタルの自由気ままな旅ブログですー!
現在地:日本に帰国しました!
2015年4月23日出発
日本→韓国→タイ→フィリピン→オーストラリア→シンガポール→マレーシア→タイ→ブータン→エジプト→エチオピア→ケニア→ウガンダ→ルワンダ→ウガンダ→ケニア→スペイン→フランス→イギリス→アイスランド→ノルウェー→スウェーデン→フィンランド→ロシア→フィンランド→エストニア→ラトビア→リトアニア→ポーランド→オーストリア→イタリア→ドイツ→タンザニア→ザンビア→ナミビア→南アフリカ→アメリカ→メキシコ→キューバ→メキシコ→ベリーズ→グアテマラ→ペルー→エクアドル→ペルー→ボリビア→チリ→アルゼンチン→チリ→ペルー→グアテマラ→アメリカ→日本
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情報の波に流されず、立ち止まって自分と対話したい。


いま、フェイスブックのタイムラインを見ていると、フランス国旗がすぐ目にとまる。

今回はブログでこのことについて、触れるつもりはなかった。

だって、今までのイスラム国の攻撃に対しても僕は一切何かを発信してはこなかったから。

昨日冒頭で少し触れたのも、アウシュビッツの戦争の話をおととい書き、平和について真剣に考えてほしいと願った直後に、悲惨な事件が起き、ある種の無力感を感じたからである。

ただ今回これを機にどうしても、世界一周をしている者として言いたいことができた。世界は本当に広い、自分から知ろうとしないと、すぐに流されてしまうと。


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論争を呼んでいるフェイスブックのアカウント画像をフランス国旗に変えるキャンペーン。

たくさんの人、それも世界中の人がそれに賛同していることで、いかに今回のことが世界への衝撃を走らせたか感じることができた。

キャンペーンとしてはわかりやすく、かしこまって難しい文章も打つ必要がない。

単純に気持ちを届けるにはいいシステムだと思う。



ただ自分はここにいくつかの違和感も覚えた。

まず1つはフェイスブック公式の「パリ市民の安全と平和を願うプロフィール写真に変更しよう」という言葉。

海外に出てくると、他国の情勢にはやけに敏感になる。当たり前だけれど。

先月のトルコでのテロなど、自分の友達はいっていないか心配になった。今回もそのときと全く同じような気持ちでニュースを見ていた。

今回の事件、パリ内での孤立した問題ならまだ分かるが、もういまやこれは全世界で考えなければならない問題である。もちろん日本も可能性はかなり低いとはいえ、他人事ではないはずだ。

パリでの犯行には難民に紛れて入国したテロリストもいたという話が出ている。これから難民受け入れに難色を示す国が増え、無実のシリア国民が国に取り残され、そして助かるはずだった命も空爆によってなくなることがあってもおかしくない。いや、これから確実に起こる。

「パリの安全と平和」ではなく、僕はこの機会に「世界の平和」を考えなければいけないと思う。



そして2つ目。

もし、上のようなことを僕がいったのなら、きっと「そんなことはわかった上でだ」と言われてしまうんだと思う。

世界の平和について考えなければならないのは当然だし、考えていないわけがない。その上で、今回は規模のでかいテロであって、それに祈りを捧げる、国民に元気を与えるという意味でこうした行動に出るのがなぜ悪いのか、と。

しかし、僕はこう言いたい。じゃあなぜ、それだけの思いがあるにも関わらず自分のやり方で、自分の言葉で、動かないんだと。

トルコやレバノンでの死者に対する哀悼の意は表現せず、今回こうやってパリに対してそれを表現するのであれば、そこにどういう気持ちがあるのか。

トルコや中東地区の国旗は掲げることなく、フランス国旗だけ掲げる理由はなんとなくでも説明できなければいけない気がする。

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ただ一方で、こうやって俯瞰して自体が見られるのも僕が日本を離れているからだと感じる部分もある。

位置関係で言えば、確かにトルコやレバノンの方が日本に近い。

しかし日本人からすると、フランスの方がはるかに「近い」んじゃないか、とも思う。

その「近い」は物理的な意味ではなく、あのフランスでも、という感覚的な意味でだ。

トルコや中東の地域といっても、僕ら旅人にとっては魅力溢れるスポットで、ヨルダンのペトラ遺跡、イスラエルのメッカ、人がいいともっぱら噂のイラン、トルコにいたってはもうありすぎてここがという話ができないほどである。

しかし、日本にいてふつうに暮らしていると、今はもう「危険な地区」としてくくられ、自分たちの生活とはまるで別次元だという感覚になってしまう。

イスラム国云々より、そもそも何があるかもよくわからない、情報の少ない場所なのかもしれない。

実際に旅に出るまでは全く興味が湧かなかったし、この地区のことはさっぱり知らなかった。

それに比べてフランスは、思いつくだけでもエッフェル塔に凱旋門、ルーブル美術館にヴェルサイユ宮殿、パリコレなどおしゃれの最先端を行く街として世界でも名高い。

一見して、まったく戦争やテロと無縁そうに見える街で起こった今回の大規模テロだからこそ、多くの人が驚き、報道も加熱しているように思う。

そうした国で起きた悲惨な事件に関心を持つこと、日本の生活からすると非現実的だったイスラム国によるテロなどの行為が今回、より現実的に感じられることは、ある種当たり前のことなのかもしれないとも思う。


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ここまで、こうしたプロフィール画像を使った哀悼の意の表明について、違和感を感じながらもどこかで納得する気持ちがあるという両面を綴ってきた。

ここで僕がこうするべきだ、なんて話をするつもりは全くない。

でも、こういう状況において1番よくないのが、「流されること」だと思う。

自分の意見でない意見。

こうしたフランス国旗を掲げるということは、イスラム国に対しての敵意表明だとも取れる。

本当に自分がそれを絶対にしたいと思ってやっていることなのかどうか。

日本にいて、海外の情報を受け取ろうとしても、ありのままをそのまま受信することは非常に困難である。

だからこそ主体的にこういった問題には向き合っていかなければいけないのではないか。

与えられたシステムとボタンによって自分の本当の意思は表明できない。

そもそも表明する必要も特にないんじゃないのかと思う。

そういった中でそのシステムを利用するのであれば、しっかりと自分なりの考えをもっている必要があるのだと思う。




僕がタンザニアにいたときも、大統領選挙があり、爆弾騒ぎ(実際に宿近くで爆破があった、それが大統領選挙と関連があるのかは不明)なんてこともあったが、日本での報道は皆無で、大統領選挙後の過激化も英語の記事だけがひっそりとのっていただけだった。

選挙の前後は街には銃を担いだ軍隊が配備され、人通りもほぼ0、レストランも全て閉店されていて、あげくの果てには宿から外に出るなと強く言われコーラを飲んで空腹を紛らわした。

旅人の中には平和に思えた街で銃撃を目の当たりにして命の危険を感じたという話があったりもする。

報道やネットの情報は偏っていて、影響力が強いものほど大々的に報じられるのは当たり前。全てが平等に報じられることはまずあり得ない。

今いるアフリカだって、紛争が絶えない地域、一方でものすごく発展してる都市、ほかの土地では考えられないような観光地など日本ではわからない現実がそこらじゅうあふれている。

自分にとって今見ている世界はまさに現実。世界はおもっていたよりも何十倍も何百倍も広い。

だからこそ一つの事件に注目するにしても、押し寄せる報道の波に流されず、まずは立ち止まって自分と対話したい。

平和の考え方、テロへの姿勢、空爆作戦について、難民問題、など・・・

今回のことから学んだり、考えたりすることが本当にたくさんある。

そうしたことを自分がまず受け止め理解し学んだ上で、次の行動に移していけたら、それがベストなんじゃないかなと僕は思う。

最後に。
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